【12/2】ゲームのある生活

二日目は私のゲーム遍歴について書きたいと思います。

 

幼いころ毎週末に遊びに行っていた祖父母の家にはファミコンスーパーファミコンのソフトが山のようにあり、身近な娯楽のひとつとしてゲームがある環境で私は育ちました。夏休み等の長期休暇には毎朝祖父母宅までてくてく歩き、午前中は庭で土いじりをして午後は気の済むまでテレビゲームをするという夢のような子供時代を過ごした結果、こうして内外両刀(?)のゲーマーが出来上がったのでした。

祖父母もゲームをする人で、特に祖母はテトリスワリオの森マッピーを好んでよくプレイしていました。背筋をピンと伸ばしてコントローラーを握っている姿を今でもよく覚えています。
祖父が仕事をリタイアしたあとはソロモンの鍵バベルの塔ロードランナーといったパズル要素の強いゲームの謎解きをふたりで楽しんでいたそうです。超うらやましい老後です。ゲーム機の横にはいろいろなゲームのパスワードがびっしりと書かれたノートが置いてあり、あれこれと試すのがとても楽しかったです。

説明書がついてないソフトが大半だったので、ほとんどは操作方法をなんとなく探りながらプレイしていました。ロックマンの特殊武器の切替方法を知らず(そもそもボスを倒すと武器が増えるということを知らなかった)、初代をバスターのみでワイリーステージまで進んだりしていました。なんとなくアクションゲームが得意なのはこのへんで鍛えられたからなのかもしれません。

また、私の母もゲーム好きな人で、私の胎教はドラクエだったとかなんとか。
あまり裕福な生活ではなかったのに、クリスマスプレゼントに姉妹揃ってゲームボーイカラーポケモン赤・緑をくれたことに本当に感謝しています。
金曜日の夜に車で中古ゲーム屋さんに出かけ、面白いソフトを探してあっちこっち歩き回るのは小さい私にとって宝物みたいな時間でした。そしてそんな感じで買ったのがハームフルパークでした。

 

初代ロックマンワギャンランド沙羅曼蛇ボンバーマン3、パネルでポン……と、思い入れがあるゲームをあげればキリがありません。今でも機会があれば手元に置きたいくらいです。バーチャルコンソールという形で昔のゲームを手軽にプレイできるようになったのは嬉しい限りです。

 

大人になり、「ゲームが好き」という共通点がきっかけでできた友人の中には長い付き合いになる人もたくさんいるので、こうした環境で育つことができて良かったと心から思います。終わり。